そのまんま東は宮崎県をメジャーに

 関東在住の私は、宮崎県というとほとんど何もイメージできませんでした。

 今までのイメージは、南国・ゴルフ場・シーガイヤくらいです。
 シーガイヤも今では負債を抱えて、経営もあまり芳しくないようです。

 そんな宮崎県の、イメージアップを図るために、そのまんま東氏は知事に立候補されて、見事当選されたわけです。


 では、そのまんま東氏が知事に就任されてから、宮崎県のイメージはアップしたのでしょうか?


 ニュースでは、宮崎県庁舎に観光ツアーの方々が、訪れている映像を頻繁に放映されています。
 県庁でも、説明員を配置し観光客に便宜を図っているようです。

 しかし、端で見ている限り、宮崎県の魅力というよりも、そのまんま東氏目当ての県庁訪問ツアーであると言うことは、明白です。

 ですから今現在、いろいろな人に宮崎県の印象をインタビューしてみると、その答えの大半は大方予想ができます。

 宮崎県といえば・・・・そのまんま東

 そういう回答が、大半ではないでしょうか?

 これから、宮崎県がイメージアップを目指すのであれば、脱・そのまんま東が必要になってくるのではないでしょうか?

乗り越えた人生

 宮崎県の広告塔としてとして大活躍の「東国原 英夫」知事。


 2007年1月に、宮崎県知事選挙で、日本全国の注目を浴びる中、見事52代目の知事として初当選を果たしました。

 あの、たけし軍団の中でも人気の中心であった「そのまんま 東」さんです。


 彼の人生は本当に波乱万丈といってもいいのではないでしょうか。

 いいこともありましたが、芸能界を自粛し、謹慎していた日々もあいrます。

 そう、一時は悪名高き風評が出回りました。

 そうなっても仕方がない事件に、彼の名前がいつも挙がっていたのも事実です。


 たけし軍団の「フライデー襲撃事件」、未成年との渋谷イメクラ「淫行事件」、たけし軍団後輩への「暴行事件」。

 内容を知らず、これだけ聞いただけだと、よく芸能界を追放されず、はたまたよく知事に当選した、と驚くかもしれません。

 過去の事実は決して正当化されるものではありませんが、いかに反省し、いかに今後の人生で社会につぐなっていけるのか。

 東国原知事は、まさに見本となっているのではないでしょうか。

有名人知事

 芸能人や作家など、有名人が知事になったケースはよくあります。

 東京都の青島 幸男、現職の石原 慎太郎。
 長野県の田中 康夫。
 大阪府の横山 ノック。

 そして今話題の宮崎県 そのまんま 東こと、東国原 英夫さんです。


 東国原知事は、「宮崎をどげんかせんといかん!」など、記者会見や公の場で宮崎の方言をおりまぜながら必ず話しますよね。

 わざとらしいと思いながらも、その口調を真似てみたりしている人も多いのでは。

 そして不思議なことに、今では違和感なく、逆に親しみを感じていることに気付くはずです。


 このように、知事がテレビに出たり、ニュースになるたびに、宮崎の宣伝になっていることは間違いありませんし、その費用対効果といったら計り知れないでしょう。

 やはり、普通の政治家と違い、芸能界で人を楽しませて笑わせることを生業としてきただけに、東国原知事の演説や、表現力は多彩で、皆の心をひきつけます。

 薄い頭(おでこ?)を逆手にとってトレードマークにする知事が、かつていたでしょうか?(笑)

3度の大学入学

 宮崎県知事となり、事実上芸能界を引退したそのまんま東こと、東国原英夫。

 芸能界謹慎中に大学生になったとの報道を耳にしたことのある人も多いと思いますが、合計3回も大学生となっているんです。


 まず高校卒業した1973年に専修大学 経済学部に入学します。

 4年後に卒業、同じ年に、テレビ番組の素人が出演するお笑いコーナーでチャンピオンに!

 それをきっかけとして、ビートたけしの弟子となり、お笑いの道を歩んでいくことになります。


 人気タレントして順風満帆で過ごしていたのもつかの間、不祥事により自主謹慎をしていたのはご存知の通りです。

 その間、家族とも離れ、孤独と世間の冷たさに耐えながら、勉学に励んだらしいです。

 その結果、2000年に見事早稲田大学第二文学部に入学。

 早稲田宮崎県人会に参加していたそうで、宮崎について考えるきっかけとなったのかもしれませんね。


 2004年3月に卒業しますが、同年4月に同大学の経済学部に入学します。

 残念ならが卒業には至らず、2006年3月に退学しています。

執筆

 そのまんま東として芸能活動をしていた宮崎県知事の東国原英夫。


 世界の北野、と呼ばれるまでになったビートたけしの弟子だけあって、お笑い活動だけでなく、作家としても何冊も執筆しています。

 不祥事で謹慎していた間に書いた処女作「ビートたけし殺人事件・失われた魔人の伝説」が、いきなりのベストセラーとなりました。

 翌年の1989年にはドラマ化され、このドラマで、かとうかず子と共演して知り合い、結婚までいたることになります。

 その後、「明石屋さんま殺人事件」「伝言ダイヤル殺人事件」と、推理小説ものが続きます。

 2000年以降は、「どん底」「ゆっくり歩け、空を見ろ」「芸人学生 〜僕が学びつづける理由〜」など、自叙伝的な内容の本を出版します。

 そして、2007年4月には、宮崎県知事として本名東国原英夫で「宮崎発日本を変えんといかん」「宮崎で生まれた改革の波は、そのまんま〜東へ!」が発行されています。

 いろんな立場で書いた本があって、その時の彼の環境を思い出しながら読むと、またさらに楽しめそうですね。

まるで合宿所

 宮崎県知事に当選した元芸人そのまんま東ですが、元芸能人しかもお笑いタレントだっただけあって、当選後もいやおうなしにマスコミに追っかけられる毎日です。

 知事が露出するだけで、宮崎県の宣伝になっているので、「宮崎の歩く広告塔」と息巻いている知事にとっては、うまく利用してやろう、とたくらんでいるかもしれませんね。

 しかし、スキャンダルを狙うマスコミたちに、油断する暇もありません。

 就任直後に女性を自宅に泊めた、とさっそく週刊誌にスッパぬかれていましましたね。

 その自宅も、最近ではよくテレビで公開されています。
 芸人時代からの仲間であった秘書や、弟子と共同生活をしているマンション。

 部屋には無造作に洗濯物が干されていたり、リビングのテーブルにはランチョンマット代わりの新聞がしきつめられていたり、まるで合宿所のようです。

 そんな合宿のノリの、軽い気持ちで女性取材陣を泊めてしまったのかもしれませんね。

 真意はわかりませんが、とにかくつまらないことで自分の首をしめないように、宮崎県のためにも注意してもらいたいですね。